ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさんは、5歳まで暮らした長崎での記憶が作家としての原点だと語っています。

 最早期記憶とは

想起される最も古い記憶は最早期記憶といい、その方のパーソナリティや精神生活と密接な関わりがあると考えられています。研究によると、年齢としては3~4歳頃、喜びや悲しみなど強い情動を伴う出来事や事故や怪我などの印象に残る出来事が想起されることが多いようです。

幼少期の体験の記憶は、無意識に抑圧され、忘れられている部分があったり、思い起こすその時点でその時の自分の心境に近い特定の情報が選択されたり、何らかの加工が加えられています。そのため、実際の出来事どおりではないかもしれません。しかし、思い出す時に心に浮かぶ、幼いころの自分や出来事の内容、情緒、自分を取り巻く他者との関係は、その時のその方のパーソナリティや人間関係、心理状況に通じる場合も多くみられます。

興味深いことに、ある研究によると、最早期記憶は、期間をあけて数回尋ねてみると、同じ記憶が思い出されるとは限らないといいます。実際、初めお尋ねした際には幼児期の記憶が全くないという方が、面接が進むにつれて、ふと幼いころの記憶を思い出して語りだすことがありますし、初めに語ったのとは別の内容の記憶を思い出すこともあります。自己洞察の深まりや、その時の心理状況が大きく影響することの表れでしょう。

さて、皆さんの最早期記憶はどのようなものでしょうか。あまりに忙しい日々で、幼いころの自分をすっかり忘れておられる方、多いのではないでしょうか。イシグロさんの場合は、幼いころの記憶が芸術活動の原点であったということですが、今の自分がちょっと見落としているような、意外な自分の発見があるかもしれません。