道徳的傷つき(Moral Injury)とは、道徳的な信念や価値観、または倫理に違反する行為を実行、目撃、または防止できなかった場合に生じる深い罪悪感や恥、怒りや嫌悪感のことを言います。

歴史的には1980年代以降、軍人や医療従事者においてその存在が明らかとなり、以降、トラウマ後のストレス障害(PTSD)につながる要因として注目されてきました。この数年は、警察官、消防士など他の職業にも幅広く認められるとして研究が進んでいます。

私自身は、道徳的傷つきはコロナ禍において、より広い人々に、急速に生じている可能性があるのではと考えています。今回は私たちのメンタルヘルスが悪化しやすい要因ともなる道徳的傷つきについてお話しします。

道徳的傷つき(Moral Injury)の例

米軍のアフガン撤退は歴史的に大きな出来事となりました。軍人や退役軍人の方々は、戦争地帯で繰り返し経験する暴力や死の恐怖、敵の死亡・負傷者を助けられないことへの罪責感情、戦いの大義と個人的倫理との衝突など、深刻な道徳的ジレンマを抱えます。

医療従事者は、患者に寄り添い、正しい治療方針を取ることが大切だという強い信念を持っています。しかし、医療体制の制約・資源の乏しさなどにより必要なケアを提供できないと感じることが日常でしばしば起きます。とりわけコロナ禍に伴う深刻な医療危機の中では、手当の緊急度に従って患者様に優先順をつけなければならない(トリアージ)、その結果、誰かの命を奪うかもしれない、という決断を迫られます。

コロナ禍で広まっている可能性のある道徳的傷つき

新型コロナウィルスの家庭内感染が広がっています。〝家族はかけがえのない大切な存在“との信念を抱く人ほど、自分が家族に害を与えてしまったと罪悪を感じてしまいます。家庭内感染の広がりによって、子どもから大人まで幅広く道徳的な傷つきを抱えた人が増えている可能性があると思います。

また、職業面でみても、研究で明らかになりつつある職種に加え、保育士、教職員など教育関係者にとっても、本来子供たちのために実践したいことが提供できない、保護者から不平不満が寄せられても応じることが物理的・環境的に難しいという道徳的ジレンマを抱えやすいことでしょう。

その他、経営環境の急激な悪化に伴い人員を整理しなければいけないなど、経営者やマネジャーの皆様の中には、職員や家族に申し訳ない気持ちを抱えて苦渋の決断を迫られている方も多いでしょう。

研究結果を待たずとも、様々な場面や状況の中で道徳的傷つきを抱えた方が増えている印象です。

道徳的傷つきを負った方への対応

道徳的傷つきを負った方は、深い罪悪感、恥の感情のために、また、人から否定的に判断されたり拒否されることを恐れることもあり、人にサポートを求めようとしないといわれています。

対応については個々のケースによって異なりますが、ご本人が辛い経験を話す準備が整うまで、無理に聞き出すことは控えることが望ましいと言われています。ただし、恥の感情は時が経過するにつれて広がってしまうと考えられており、時間が解決すると勝手に考え、放置してしまうことも望ましくありません。

今後道徳的傷つきが生じるかもしれないと予測される時には、予めチームメンバーの間で、大変困難な状況が生じていること、そのような状況においては判断がとても難しいこと、制約された条件の中で下される判断はそれで充分である事など、互いに確認しておくことがその後の助けになります。

道徳的傷つきの背景にあるエピソードや状況に触れなくても、周りの方が、上記の内容を理解していることを本人に伝えるだけでも、本人が自分を責める気持ちは、やがて少しずつ緩やかになっていくでしょう。

法人が契約する外部の相談機関、行政の対応なども含めて、メンタルヘルスの相談窓口は多岐に亘っています。身近に利用できる社会資源について、いざという時にご本人に情報提供できるよう、調べておくとよいでしょう。「専門家に相談する方法もあるのだ」と知るだけで本人はほっとできます。

ご参考まで:こころの耳(厚生労働省作成)掲載の相談窓口情報はこちら

誰しもが道徳的傷つきをかかえやすい状況になりました。互いの支え合いを日頃より、より意識していきましょう。