新聞離れが著しいこの頃ですが、日経電子版で今週「読まれた記事ランキング」1位は10月21日報道の「パワハラ「非該当」を例示」でした。パワハラを防止するために企業に求める指針の素案を労働政策審議会に示したことに関する報道です。
“パワハラと指導の線引き”が最も大きな関心のひとつであり、指針でこの点を明らかとすると予告されてきましたので、私も新聞読者同様、この時を楽しみにしていたのですが、提示された素案は、労働政策審議会からも、日本労働弁護団からも疑問や指摘の相次ぐ、残念な内容となりました。
細かな論争は今後色々明らかになってくると思いますが、私が一番気になるのは、線引き云々以前の、パワーハラスメントの定義そのものです。
パワーハラスメントの定義
長い間、厚生労働省のHPではパワーハラスメントの定義として、職場におけるいじめ・嫌がらせに関する円卓会議の提言(H24年)で示された、以下の定義が用いられてきました。
「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」
それが、今回の指針の素案では、次のような定義に変わっています。
「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されること」
「優越的な関係」?
私が特に気になるのは、「職場内の優位性を背景に」から、「優越的な関係を背景とした」と変更となり、かつ優越的な関係の定義を「当該事業主の業務を遂行するにあたって、当該言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」とした点です。
蓋然性とは、確実性の高さという意味です。(パワハラ)言動を受ける側が、抵抗又は拒絶することができないということの確実性の高さを関係の中で示せるかを求められる、という意味に受け取れます。
さて、職場状況でどんなことが起こるか想像してみるならば、容易に想像がつくでしょう。例えば上司と部下との接点は日々ありますから、問題の上司から「良い会話も沢山あり、そうした中で本人が嫌だと思うならいくらでも抵抗、拒絶することはできたはず。」といわれてしまうのではないでしょうか。
恐れるのは2次被害
ハラスメントの被害者対応で細心の注意を払いたいのが2次被害の防止です。ハラスメントによって傷ついている時に、人から「あなたはその関係の中で抵抗、拒絶できたのではないですか?」と問われることはさらに心を傷つけます。心身共に弱り切った被害者の立場からは相当手厳しい内容と思います。
以前の「優位性を背景」という定義であれば職場においては様々な優位性がありますので、その状況が明らかとなればよかったのですが、今回の定義では「関係」に焦点づけられてしまい、抵抗拒絶の蓋然性を巡り、パワハラ認定が難しくなる懸念を感じます。
ご参考までにこの件を受けて、日本労働弁護団は緊急声明を出しています。今回の指針の素案も閲覧できます。その他諸々の論点が掲載されています。
周回遅れとならぬよう
2019年6月、国際労働機関(ILO)は「仕事の世界における暴力と嫌がらせの撤廃に関する条約」を採択しました。EU、アフリカ諸国、ラテンアメリカ諸国、中国、韓国が条約・勧告(批准が厳しすぎる場合に選択する方法)に賛同する中で、勧告に賛同したのはアメリカ、保留は唯一日本だけでした。
日本のセクハラ・パワハラ対策は、事業主にハラスメントの防止措置義務を課すというレベルで、ハラスメント行為そのものを法的に禁止していません。ILOの条約はハラスメント行為そのものの禁止と撲滅を目的としたもので、この先諸外国は次々と条約を批准していくでしょうから、日本は残念ながらグローバルスタンダードからはかなり遅れが目立つことになります。
働く人たちが安心して働けるよう、パワーハラスメントの法制化に向けて大きな一歩を踏み出すことになると、期待していましたが、今回の指針案の内容には不安が残ります。多数の指摘や疑問を受けて急ピッチで整備が行われることを願いたいものです。