昨年の英国EU離脱、米国大統領選挙といった大きな政治のうねりの中で、「フェイク(偽)ニュース」(注1)、「ポスト真実(post-truth)」(注2)、「オルタナティブファクト(もう一つの事実)」(注3)といった言葉が流行しました。すり替えられた事実がSNSにより拡散し、人々の投票の意思決定や行動に影響を及ぼし、社会のトレンドを変える大きな事態に発展したことは記憶に新しいところです。
今回は、すり替えられた事実が私たちのこころにどう働きかけるのか、そのプロセスについて考えてみます。
(注1)フェイクニュース:政治目的やウェブサイトへのアクセスを増やすためにサイトから配信される偽情報やデマ。ソーシャルメディアによって拡散される間違った情報(オーストラリア・マッコーリー辞典)。米国大統領選では「ローマ法王、トランプ氏支持を表明」とのフェイクニュースが100万回以上拡散。
(注2)ポスト真実:世論の形成において、客観的な事実よりも、感情や個人的信条へのアピールが影響を持つ状況(英国・オックスフォード辞典)。トランプ氏がアメリカの実質的失業率を42%と述べたことや、EU離脱派が、EU加盟の拠出金が週3億5000万ポンドだと述べたことがその例とされる。
(注3)オルタナティブファクト:トランプ大統領就任式の聴衆が、写真上明らかにオバマ大統領就任式時より少ないにも関わらず、過去最大の人々が集まったとホワイトハウス報道官が述べたことが虚偽ではないかと問われたことに対して、大統領顧問が「それがもう一つの事実」と述べたことより流行した言葉。
外的現実と内的現実
私たちのこころには、①実際に存在している、起きている事柄(外的現実)を客観的に把握しようという働きと、②それをどう受け止めたらいいのか、その意味は何だろうと探索し、主観的に経験する(内的現実)働きの2つがあります。外的現実は客観性を持つ一方、内的現実は人それぞれ自由に思い描くものです。
例えば来週上司との評価面談があるとしましょう。“評価面談がある”ことは客観的な事実(外的現実)です。一方その受け止め方は、人によって、あるいはその時の自分の状況によって区々です。上司から何を言われるか、強い緊張や不安を感じることもあれば、自分をアピールできるチャンスと受け止める時もあるでしょう。それが内的現実のありようです。
評価面談はほんの一例ですが、内的現実をどう経験するかは、私たちの心のあり方、行動や判断、ひいては生き方にも大きく関わってくるものです。
すり替えらえた事実が人々の内的現実形成に及ぼす影響
フェイク(偽)ニュース、 ポスト真実 、オルタナティブファクト(もう一つの事実)は、私たちが内的現実を形成する前提となる“外的現実”の客観性そのものをないがしろにする点で、私たちのこころのありように強烈な影響を及ぼします。
具体的には、偽りの(あるいは誤った)事実があたかも客観的事実のように提示されるので、それを参照する人々の内的現実が作り替えられます。
また“ポスト真実”に関しては、上述の(注2)のとおり、感情や個人の信条へのアピールを狙ったものと定義されていますので、参照する事実のすり替えに加えて、人々の内的現実の体験のされ方も直接作り替えていくことを狙うものと考えられ、心理的な見地からは、より強力な操作となると思います。
いずれにしても、人々の内的現実をターゲットにした扇動という恐ろしい事態を招きます。
翻弄されないこころを保つには
カウンセリングでは、内的現実が、外的現実からかけ離れてしまっているために苦しむ人たちをしばしばみかけます。
もちろん、内的現実は私たちが感じたり、考えたりする自由な世界ですから、客観的現実から離れることで遊んだり、心を開放したりするポジティブな面面があります。
しかしながら、不安や恐怖に満ちた内的現実は私たちを委縮させ、自分がコントロールできる領域が殆ど無いように感じてしまい、そのためさらに不安や恐怖に晒されやすくなるという悪循環を招きます。
こうした状況にならないためにも培いたいのが“現実吟味の力(または現実検討力)”です。英語ではreality testingといいます。これは、実際にある、起きている事柄と、客観的に適合した認知を形成する力です。
現実を吟味する力が乏しい人はフェイク(偽)ニュース、オルタナティブファクト(もう一つの事実)、ポスト真実を鵜呑みにしやく、また、不安になりやすい感情が刺激されるので、扇動する側の意図に巻き込まれやすくなります。
こころがバランスを崩して内的現実にあまりにも引き込まれている自分を感じたら、外的現実を吟味しなおしてみましょう。どういう状態があり、その受け止め方以外に理解できることはないのか、改めて検討してみることは客観性を回復する上でとても重要です。
おわりに
フェイク(偽)ニュース、ポスト真実、オルタナティブファクト(もう一つの事実)は政治の世界で語られることが多いようですが、ビジネスにおいても決算発表の数字がその後何度も修正されたり、安全な設備と聞いていたら実はそうではなかったり、以前であれば考えられないようなことが次々起こるようになりました。
こうした時代だからこそ、日ごろから多面的に客観的な情報を収集し、客観的に適合した内的現実を経験しながら自分なりの考えをもち、偽りの情報に翻弄されないよう、こころの備えをしていきましょう。