心理学者のユング(1865-1961)は40~50歳を太陽の動きにたとえて“人生の正午”と称しました。今から半世紀以上前のこと、当時(1960年)の日本人の平均寿命は男性が65.32歳、女性が70.19歳でした。

日本の100歳以上の高齢者は、老人福祉法が改正されて統計を取り始めた1963年にはわずか153人だったそうですが、今年は46年連続の増加で65,692人となりました。急速に進む高齢化の中で、“人生の正午”以降をどう過ごせばいいのか、考えてみたいと思います。

 ユングによる“人生の正午”

ユングは、以下のように考えました。

~人生の前半は朝太陽が昇り、世界を遠く広く照らすように自分の活動範囲が広がり、やがてその最高の喜びを見出す時を迎えるのだが、太陽は予測しなかった正午の絶頂に達する。予測しなかったというのは、一度限りの個人的存在にとって、その南中点を前もって知ることはできないからである。正午12時に下降が始まる。しかも、この下降は午前のすべての価値や理想の転倒である。太陽は矛盾を抱える。

人生の午後にいる人間は、自分の人生が上昇し拡大するのではなく、生の縮小を強いられることを悟らねばならないだろう。老いつつある人間にとっては、自己に対して真剣な考察を捧げることが義務であり、必然である。~(注)

 

ユングの時代は“人生の正午”を迎えた後の人生には十分な時間は残されていませんでした。しかし100歳時代を迎えた今は、定年を迎えてなお、人によっては40年という余生が残されるようになりました。

“人生の午後”の課題

ユングが言う“生の縮小を強いられることを悟らなければいけない”ことは非常に苦しいものです。急な残業、あるいは飲み過ぎた後の回復に若いころの自分との違いを痛感したり、いつしか年下の部下が主流になって自分がいらない人材と思われているようにふと感じて悔しさと寂しさをにじませたり・・・ たまたまと信じたい、見たくない、そんな気持ちになるものです。

この先の雇用延長や、人生が自分の予想に反して長くなる可能性を考えると、“人生の午後”のキャリアは、これまで以上に“真剣に考える必然がある”時代となりました。徐々に衰えていく自分を上手に受け入れていくという課題を抱えながらのキャリアですから非常に難しいプロセスだと思っています。

輝く黄昏を目指して

大空の真上から明るく広く大地を照らすような“人生の正午”は過ぎたとしても、黄昏の頃、夕日が地平線からじんわりと空や大地を赤く染めるような輝きは得ることができるでしょう。

定年の後40年も時間があると思えば、そこから全く新しい仕事に挑戦しても良し、趣味や活動に力を注いでも良し、色々な失敗ややり直しは十分に可能です。若い頃のように会社や家庭のためにあくせく働くのではなく、ゆっくり流れる時間をじっくり使いながら自分自身の輝きのために活動する、そんな黄昏が迎えられれば素敵です。

人生の正午は、それまで気が付かなかった新しい自分を発見するターニングポイントでもあるのです。

(注)文中、レファレンス共同サービスのHPを参照に要約

http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000179936