口伝(くでん)と聞いても、若い世代の皆様はおそらく何のことかわからないでしょう。“久々に聞いて懐かしい”と思ってくださる方、嬉しいです!

口伝とは学問や技芸の奥義などを弟子に口で伝えて教えを授けることをいいます。

様々な職場において「ベテラン層の仕事が属人化していてスキルやノウハウの若手への伝承が進まないことに焦る」という話をしばしば聞きます。

IT化、マニュアル化は属人的な仕事を標準化、一般化し、業務の効率化や生産性向上に大きな役割を担ってきましたが、その過程で伝統的に行われてきた口伝(くでん)はこぼれ落ちてしまったように思います。

今回は口伝(くでん)というコミュニケーション方法についてお話します。

改めて、口伝(くでん)とは

口伝(くでん)とは、情報伝達方法のひとつで、口頭で伝えることをいいます。伝統芸能などの芸道において、師匠が弟子に奥義や秘伝を口伝えに教授する意味もあり、その流派の重要事項や秘匿事項が必要以上に外部に知られるのを避けるために行われたといわれています。

職場における口伝(くでん)

伝統芸能と異なり、仕事は本来、誰が担当しても一定以上のパフォーマンスが出せるような仕組み作りが行われるはずですので、口伝(くでん)が必要となるのはごく一部の仕事と思う方が多いかもしれません。

しかし、実際には、長年同じ業務を担当した人が交代する場合、その方独自の創意工夫の中に継承するべきものが含まれていたり、過去の危機的状況や活況を呈した状況におけるその方の経験の中に将来の備えが含まれていたりすることがあるものです。

さて、皆さんの職場では異動時、あるいは世代交代時の口伝(くでん)、どの程度行われていますか?

職場状況を伺っていると「長年担当していた人が抜けてしまった後、業務が逼迫してチーム全体がストレスフルとなった」、「スキルやノウハウを抱えたベテランから若手への継承が進まない」など、情報がうまく伝達されていない様子が伺われます。

口伝(くでん)のメリットとデメリット

もちろん、情報伝達手段としての口伝にはメリットとデメリットがあります。

職場に応用した場合を想定して思いつくメリット、デメリットは以下の通りです。

<メリット>

①パフォーマンス向上のための特別な秘訣が伝承される

②文章になりにくいこと、例えば、仕事や次世代への想いも含めて伝承できる

③そのため、次世代にとっては単なる情報伝達のみならず、モチベーションや責任感、誇りをもって働くきっかけとなる

<デメリット>

①情報漏洩への危惧から文章にしないため、伝承を引き継ぐ人の理解によってはうまく伝承できず、結果として秘伝や奥義が途絶えてしまうリスクがあること

②習熟するのに時間がかかる、またはうまく習熟できない場合がある

③時代の流れが大きく変わってしまった場合には口伝(くでん)の内容が役に立たない

 

ただし、上記デメリットを小さく方策はあると思います。

①相手のレベルや特性に応じた伝え方を工夫すること

②習熟に時間がかかることを見越して長期的に育成すること

③自分の奥義はあくまでひとつの参考であるとし、その活用は次世代に委ね、人に押し付けないこと

を心がければよいでしょう。

コミュニケーション方法の一つとしての口伝(くでん)の活用

私が心理の仕事に携わるようになった20数年前は、業務のマニュアル化が進まず、業務の引継ぎは口伝(くでん)という職場は多くみられました。

その後、コンプライアンスが厳しくなってきた背景なども相まってマニュアル化は急速に進んだように感じます。その一方、職場のコミュニケーションや人間関係は次第に希薄となり、極論すれば、特に誰とも話さなくてもある程度業務は回るようになってきたように思います。加えてこのコロナ禍です。

もちろん何のために働くかは人それぞれですが、職場で自分が貢献している内容が他の人に引き継がれていくことは、今なお多くの人にとってはやりがいや励みにつながるでしょう。

古びて、もはや死語となりつつあるかもしれませんが、口伝(くでん)をコミュニケーション方法の一つとして改めて活用してみてはいかがでしょう。